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AI時代の読解力(自動要約ツールとそれに関しての諸々の思ったこと)

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こんにちは、まなぶてらす講師の平井です。

 

面白い解析ツールがリリースされたので情報共有したいと思います。

 

自動要約ツール」です!!

 

これは、今年一番面白いと感じたネットツールですね.

 

ということでお手並み拝見。

 

大きく二つのタイプの文章を検証してみたいと思います。

端的に結論をまとめます。

①論文→とても精度が高い

 

このツールが一番威力を発揮するタイプの文章ですね。

 

例えば

「今僕たちは幸せか(大林宣彦)」原文

 

これを要約してもらうと・・・

こんな感じに要約が表示されていきます。

 

正直右側のダイジェストは全然ポンコツです。

 

ただ左側のヒートマップ表示はかなり精度が高いですね。

 

ロジカルに書かれた文章の要旨把握はかなりはかどりそうです。

 

②小説

伊豆の踊子のラスト

ん~~~~~~ポンコツですね~

踊り子が泣いている場面がこれっぽっちも出してこないでババアを10行要約に出してきてやがります。

 

他の小説でも試してみましょう。

 

走れメロス

ん~~~~~~ダメダメです!

 

舞姫の冒頭

ん~~~~~これも全くわかっていないような感じですねぇ・・・

 

小説の文章はどこが大事かというのは極めて感覚的で相対的なものなのでこのツールがポンコツかどうかという判断も読み手の感性に左右されます。

 

そこでKindleのポピュラーハイライト機能を判断基準としてみます。

Kindleのポピュラーハイライト機能は、多くの人が文章のどこに感動し、マーキングをしたかをデータとして示してくれます。

つまり、人間の美的感覚を数値化しているデータです。

ポピュラーハイライト機能で多くマークされている箇所と今回の要約ツールが重要と判断した箇所を比較すると全く異なった結果となっているんですね。

 

例えば、銀河鉄道の夜のポピュラーハイライト機能を見ると

 

「ではみなさんは、そういうふうに川だといわれたり、乳の流れたあとだといわれたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」

 

という一行目を多くの人は感動ポイントとしてマーキングしているんですね。しかし、解析ツールではスルーしています。

 

「あの名作の一行目だ!」という人間の感動までをキャッチすることはできていないということですね。


今回のこのツールから国語読解に関して以下の事実が導けると思います。

 

①論理的文章は「訓練」が重要

 論理的文章はパターン化&ルール化されているためにそれ特有の訓練がものをいう文章ジャンルになります。論理的な思考や書き方、知識体系が備わっているか?ということを出題者は試しています。なのでそのパターン&ルールの習得が必須であり、これは、学校教育で抜け落ちている部分でもあります。論理とは何か?という考え方そのものを訓練する授業はありませんし、論文を書かせたり、ディベートをさせたり、するカリキュラムが通年で見受けられる学校も希です(イベント的におこなわれるものは別)。なので私は評論用語やロジカルシンキングの講座をレッスン内に設けていたりします(学校じゃやってくれないから)。論理は感情的コミュニケーションでは獲得できない思考体系です。つまり日常的に自然に身につくスキルじゃないということです。べっこの訓練が必要ということです。

 

②文学的文章は「感受性」が重要

 論理的思考が充分にあるという前提に立てば、文学的文章の読解に求めれている力は「感受性」ということになります。上記の解析ツールが示したとおり小説物語で「どこに人が感動するか?」「どこの表現が印象的か?」という基準は極めて感覚的です。理屈で説明できない領域を出題者は問題として成立させていきます。「変わった表現でかつ心情を表しているところ」という出題傾向は導けますが、”どう変わっているのか?””その表現が意味するところは?”という解釈は感覚に依存するところが多いため、感受性がものをいう世界になる傾向が強いです。もちろん出題者も論理的にその解答が導けるよう問題をつくりますが・・・。

では、そういったセンスをいかにして形作るか?ここに関しては、「語彙力増強&読書」以外の解決策が見当たらないのではないかなと思います。優れた表現を経験的に吸収することで磨かれるセンスはあるに超したことはないです。というかそういう学習工程があってほしいと出題者は願っているのでそれに答えるのが問題を解く人間としての義務です。(小説を解くテクニックを身につけたけど小説は全く読まない人と小説を読んだ上でテクニックがある人だったら、後者を出題者は欲しているということです。)

例えば歴史的価値が証明されているような名作を読んで「つまんねぇ」と一言で感想を片付けてしまうのは”自分は読解力も感受性もない人間だ”と表明しているようなものです。なぜなら過去数十年~数百年にわたり、多くの人々のジャッジを経た上で優れた作品とされているからです。つまり、自分1人が「つまらない」と言ったところでそれは無責任な感情論でしかないです。何千、何万、何億という人が「良い」と評価をしているわけですから。「傑作」であるというのがほとんど真理に近い状態になってしまっている作品に”つまらない”というのはそれ相応の論証責任が伴います。まずは、良いとされている作品を黙って読んでみる、そこから感受性のビルドアップをはかる、これが小説物語の読解力を長期的かつ根本的に底上げする方法です。

~余談~

 今の学生に注意していただきたいのは「YouTuber=クリエイティブ」という風潮を鵜呑みにはしてはいけないということです(あんまりちゃんと言っている人がいないので述べておきます。)。彼らの大罪は、「熟成&熟考された表現物」の流通を阻害している点です。いかに広告費を稼ぐか?という創作動機に高次なアーティスト意識が入り込む余地はきわめて少ないです(高次なアート感覚は入り込むけど)。

そもそもPVがないと収益がなりたたないというプラットフォームで鑑賞者の心を本当の意味で震わせる作品をつくることは構造的に難しいです。だから意識じゃなくて感覚の世界になっていき、表層的な表現物がマジョリティになります。本来は、意識的な世界(テーマ性やメッセージ性、論理性)と感覚的な世界(表現力、右脳的知性)はコンテンツの両輪であるはずなのに、YouTuberがつくりだす動画には、感覚的な世界しか投影されていません。中身はステマだったり、再生数目的の企画しかないです。それを観て育つ子供は、単純な感情の世界しか目にしていないということになります。

 仮に、人類がなにがしかのアートを鑑賞できる時間を”100”としましょう。昔は、アートとして世にでてきているものは”一定のジャッジをくぐり抜けてきた表現物”でした。市場に出回るアートには一定レベルの表現力と価値が保証されていました。なので人類が持つアート鑑賞時間”100”は有用に機能し、人類全体の知的レベルの向上に寄与していたといえます。つまり、”100”の有限な時間への投資は、社会に還元されます。

 しかし、現代の全人類クリエーター時代では、誰でも広義な意味でのアーティストになれてしまいます。アーティストとしての知性や品格をジャッジする場所がないのです。なので市場に虚弱な表現物が蔓延する。そこに人類のアート鑑賞時間”100”が投じられてしまいます。広告費&PV稼ぎの表現物に多くの時間をとられてしまえば人類全体の知的レベルが低下し、民主資本主義国家としては非常に脆弱になります(独裁国家ならべつにいいけど。)。 

 「YouTuberという職業を批判する人」は”老害”と揶揄されがちですが、一定の人生経験を積んだ人には、”Youtuberという職業が何を社会に生み出しているのか?”という疑問を意識的にも無意識的にも抱いているのです。広告費が稼げれば良いような低レバルな作品を乱造され、その動画にはソシャゲとか消費者金融とかのどーーーーーーでもいい広告が載るわけです。はっきり言えば、(ゴミのような)コンテンツに(ゴミのような)広告がくっついてお金を生み出すという構造になります。これって知的産業が主要産業の現代において全く社会的益を生み出してないですヨ(小声)。

Youtuberという職業の動機として「自分の好きなことをできてお金を稼げる」ということがよく言われます。しかし、あくまで”自分の好きな”というきわめてエゴイスティックな動機です。その仕事で社会的に何が生まれるのかという他者意識も俯瞰的問いかけもありません。自分の食い扶持をとりあえず確保するという幼稚な動機の成就先としてのYouTuber。そしてそれがクリエイティブで高尚な仕事と誤認されていることが問題です。(一応断っておきますがネットと断絶した前近代的な会社組織が良いと言っているわけではないです。)(あとすべての動画投稿者にこの件があてはまるともいっていないです。しょーもない企画ステマ動画を投稿している人についての私の個人的意見です。)

 要するに、利己的なモチベーションをあたかも未来の職業のロールモデルとして掲げだしたらいよいよジエンドだということです。もちろん、目先の利益は確保できていますが。果たしてそれで良いのでしょうか?長い目でみれば日本の退廃に思えてなりません。現代は、情報産業、サービス産業が重要な産業です。言い換えれば、教育がなされた人材が重要な資本の産業構造です。その中で知性の発達を阻害する情報を垂れ流すことは社会的にマイナスになっているといえるでしょう。製造業とか農業が主要産業ならまだしも、時代的にも土地的にも日本は無理です。教養、知識、思考力がある人材こそが長期的に日本の経済を下支えします。

 なので自分がどんなアートを鑑賞するか?ということは気を遣った方が良いです。例えば漱石のように”読めば絶対に何かを与えてくれる創造者”の作品をまずは鑑賞するといったスタンスのほうが人生長い目で見れば自分にとって有益です(=市場価値が高い人材になる)。損得勘定抜きにしても、より良い鑑賞物に自分の時間を割いた方がよいですよね。

 


追記

夏休み、時間をもてあましている方へ。

カメラを止めるな!」という映画、ご存じでしょうか。最近結構ニュースになっているので名前は聞いたこと

あるという方も多いと思います。

インディーズ映画で制作費300万、東京の数十館のみでの公開が今では全国百館以上で公開されているみたいです。

 

ちょうど一週間前に観に行ったんですけど

 

めっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ面白かったです!!!

 

まず映画が始まるまでで色々驚きます。

 

・映画30分前には外に行列

・予約しないと良い席はとれない

・劇場満席&立ち見

・パンフレット売り切れ

 

こんな状態になっている映画、ありますかね・・・?

記憶の限りだと千と千尋とか、フォースの覚醒、シンゴジラとか?

 

田舎の映画館でチケット発券のために行列50mになってました。

 

で、終わったら自然と劇場から拍手がおきます(これ、マジ)

 

二回鑑賞しましたが、二回とも拍手がおきました。

 

まだ観てない人はもう、とにかくもう絶対に観た方が良いです。予告も評判も見ずにだまされたと思って、いってください!そして観たら多分人に勧めたくなります(Like this)。

 

あと重要なのは満席の劇場でみれば良さが倍増ってことです。満席の映画館ってあんまり好きじゃないんですが、この作品に限っては、むしろ満員で観たいです。ネトフリ、アマプラ全盛の時代に映画館で観る楽しみを教えてくれる一作でもあります。

 

前情報としては、ゾンビ映画ということですが、老若男女楽しめる作品です。安心してください。

唯一無二の映画体験になることは保証します。ほんとにぜひぜひ~~ノシ

 

ひらい/1993生/福島県出身
オンライン国語講師としてまなぶてらすで活動しています。Hip-Hopとラーメンが好きです。


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