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「写経」のススメ〜苦手な人のための数学勉強法〜

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皆さんはじめまして。
これからまなぶてらすで講師としてお世話になります、こーちゃんと申します。

今回はご挨拶がてら、数学が苦手な人におススメの勉強法についてお話ししてみたいと思います。
タイトルには「写経」となっていますが、もちろんお坊さんの修行とは一切関係ありません(笑)。

これはおそらく、多くの方が生徒時代に一度は経験していることだろうと思うのですが、教科書や参考書をノートに丸々写していく(そしてどこかで挫折する)というあの勉強法を、私は「写経」と呼んでいます。
この「写経」。昔であればいざ知らず、今となっては勧める先生もあまり見かけなくなりました。
特に現在は音読を筆頭に「一回の時間をできるだけ短くし、とにかく数をかけて定着させる」勉強法が主流になっているように思います。
英語や社会系の教科に関しては、私自身もそのやり方に賛成です。
同じ問題を繰り返し行うことに意味がある科目や単元では、このような勉強法が優れていることに疑いの余地はありません。
いまのご時世「ノートは問題文まで丸写ししろ!」などと指導しようものならば、非効率的、非科学的、時代遅れなど散々に叩かれてしまいそうです。
しかし、こと数学においては、この一見非効率な「写経」こそが、実は苦手克服に大変な効果をもたらしてくれるのです。

数学の写経、やり方は簡単です。
教科書の本文や参考書の解説部分ではなく、問題をやるときに問題文を丸写しするだけ。
面倒であっても、毎回写していってください。
これだけで学習の効果が目に見えて変わっていきます。

問題集などに書かれている問題文は、当然のことながら全て他人が書いた文です。
そしてテストで問題を解くという行為は、自分の内から湧いた疑問を解消することではなく、他人が考えた問題を解決することに他なりません。
つまり問題を正しく解くためには「その答えを導く」の前段階として「他人(出題者)が問題としている内容を、他人が書いた文をもとに正確に理解する」ことが必要になってくるわけです。

軽く見ている受験生がかなり多いですが、これは意外と大変なことです。
初めて目にするような問題、難易度の高い問題では、この「問題を正確に理解」する段階での躓きがより顕著に現れてきます。
生徒本人にその自覚があればまだ良いのですが、簡単な問題のときには、なまじ解けてしまうだけに厄介です。
中には問題文の一部を読み飛ばしても平然としている人すらいます。
そのことを指摘してみると「問題は全部読んだ(だから答えを教えて)」「ちゃんと読んだけど難しくてできない(だから解き方を教えて)」と応えが返ってきたりします。
そういった場合には、試しに以下のような問題を読んでみてもらうと、その人が本当に「問題文を読めている」かがわかります。

「xの関数 y=x^2+2ax+3 の最小値を求めよ。」

ここで問題の解法を知っている生徒は、おそらく、
「ああ、簡単簡単。x^2の項は係数が正の値だから頂点のy座標が最小値になる。平方完成しておしまい」
と答えることでしょう。もちろん、これについては何ら問題はありません。

そこで、もう一つ質問を重ねてみます。
「この問題を解き始めるときに『xの関数』であることを本当に確認したか?」
こう聞かれると、おそらく読み飛ばしていた、流し読みだった、という人は相当数出てくるのではないかと思われます。
「確認した」と言った生徒には、さらに「この『xの関数』という表記を別の言い方で書き換えてみて」とか「xの関数ってどういうこと?」などと意地悪をしてみます。

「〜の関数」についての詳しい話は少し長くなりますので別の機会にするとして、大切なのは、こういった何気ない表現にすら出題者の意図が明確に盛り込まれているということを分かったうえで問題に取り組んでいるかどうかです。
「xの関数」と書かれているなら、そう書かれるべき理由があって書かれているのです。
ちなみに「xの関数」という表記をこの問題に合わせて解釈すると、

・aは定数である(2変数関数にはならない。aの1次関数ともみなせない)
・定義域が存在し、この場合は「xは全ての実数」が定義域である。
・式から判断して「yはxの関数である」ということだから、グラフを書くときはxy平面を使う。
・この関数のグラフは、x軸に垂直な直線と2点以上で交わることはない。

少なくともこれくらいの内容は含んでいることになります。
(もちろん集合論の考え方を使えばもう少しスッキリするでしょう。)

ただでさえ「数学は難しい」はずなのに、これだけの内容を読み飛ばしていて、果たして問題が解けるのでしょうか。
もちろん、上述のような「たまたま」知っている解法に当てはまる問題であれば解けるかもしれません。
しかし、より難易度の高い問題でもこのまま解いていけるでしょうか。
初めてみる問題に対応できるでしょうか。
問題演習をする目的は「いま解いているその問題が解けるようになること」ではありません。
特に受験生の皆さんには注意していただきたいところです。

冒頭の話に戻りますが、「写経」はまさにそのような言葉の意味を意識するのに効果的な学習法です。
これは問題文を写す事によって、いわゆる「標準的な書き方」を学ぶというだけのことではありません。
文を丸ごと写していくと、どうしても問題を読むスピードは書くスピードに引っ張られて遅くなります。
これは問題文に書かれている細かな表現に目を向けるための時間的な余裕ができるということでもあります。
また、できるだけ書く労力を削減しようとして「記述の省略」や「より簡潔な表記」への意識が出てきたりもします。
問題文の細かな表記に意識がいくようになると、今度はその中で使われている「言葉の意味」を嫌でも意識することになります。
正しい言葉の意味を教科書やネットで調べてみたり、先生や講師に質問するきっかけにもなるでしょう。
また実際に問題文の省略などを試みると、驚くくらい数学の問題文には「無駄がない」ことにも気づかされます。
何気なく入っている短い記述ですら、それを省略してしまうと問題が成り立たなくなることが、理屈ではなく実感として理解されるわけです。

このようにして、他人から与えられた問題文は、自らの手で書くことによって「自分の文」になります。
その過程で問題の意味内容が消化され、解法までの道筋が明確に理解できるようになるのです。

数学の成績が頭打ちになった。
解法を覚えていても使い方がわからない。
見たことがない問題が出たら即お手上げだ。
このような悩みを抱えておられる方には、ぜひ一度「解答」ではなく「問題」の方に目を向けた学習法を取り入れてみていただきたいと思います。

できれば「写経」をして、一つ一つの言葉が何故その文で必要とされているのかを考えてみてください。
そこにもまた数学の面白さが隠れているはずです。


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